新年まであと十数日と迫るころ、日本では毎年必ず「忘年会ブーム」が到来します。 通常日本人はこの季節になると、とても忙しくなります。同窓生、友達、会社の同僚、大学のゼミテン、部活のメンバー達など、次々とこの時期のスケジュールが忘年会で埋め尽くされていくのです。 人気のお店は数日前からすでに予約で一杯になり、飛び込みのお客は、店の前で長く待たされることも多くなります。 多くの人は、今後数日間続く飲み会を思い、毎日飲むお酒の量を控えめにするのですが、にもかかわらずこの頃の電車には、酔っ払った人が普段より多く目立つのです。 今年、R大学の金川教授のゼミは、今月の18日までとなっています。以前は、金川教授のゼミ生は学部生と院生がそれぞれ別に忘年会をやっていたのですが、今年から教授が学長補佐に昇進したため、忙しくて時間が取れなくなってしまったので、学部生と院生が共同で忘年会を開くことにしたのです。 忘年会の季節になると、座席が足りないということが良くあります。今日の宴会では、二つのテーブルで、20人の座席に24人も座っています。 教授は上座に座り、次に二人の博士課程学生が教授のそばに座っています。ほかの3人の修士課程の学生は、教授と一緒に座ったら自由に飲むことができないと思い、普段自己中気味のゼミ長と一緒に、早くもよそのテーブルを選びました。 後は、ゼミ長の仲間たちが自然にそのテーブルに集まり、残った10名くらいの学生が、男子7、8名、女子2、3名ですが、教授のいるテーブルに詰めたのです。
学生の飲み会は一般的に割と安い店で開きます。今日来ているこの店は、R大学の近くにある安い店の一つです。名前は「香港何々」ですが、店の定番料理は「台湾小皿料理」というのです。小皿の意味はそのまま小さい皿を指しています。 店では、最近日本で流行っているシュウマイや餃子や肉饅頭、焼きビーフンや春巻き、ラーメン、チャーハン、鍋などの料理がメインになっています。炒めものや盛り合わせもあります。 ただし、すべての料理は比較的小さい単位で出されて、値段も一皿あたり300から400円までです。ですから、学生がここに来て、お酒のほかに単品を7、8皿頼んでも、勘定すると、一人あたり2000円くらいで、多い時でもせいぜい3000円くらいにしかならないのです。 こういった店は日本では比較的安いお店と言えます。でも今日は忘年会ですから、料理は普段より少し贅沢になっています。予算は一人あたり3000円です。しかも大人数の宴会なら、料理の量も人数によって多めに出してくれるので、それはこうした店の良いところと言えるでしょう。
ビールを注いでいるうち、料理が運ばれてきました。サラダ、ナスの挟み揚げに春巻きです。料理はすべて長方形のテーブルの真中に置かれています。 反対側の端に座っている女子学生は隣の男性から料理を取ってもらうことになっていますが、こっちの端の上座にいる教授は、世話する人がいなくて、近くの春巻きしか箸をつけることができません。隣の学生に頼んでナスの挟み揚げは一個取ってもらったけれど、サラダは一口も味見することができませんでした。 教授の隣にいる二人の院生は隅っこに押しやられて、しかも他の人に頼む立場でもないようで、後7、8種類の料理が来ても、結局一人一個の叉焼饅頭のほか、半分以上の料理を食べることができませんでした。でも幸いなことに、ビールがあるので、不満に思う人はあまりいないようでした。 途中、教授がトイレに立った合間に、隣のテーブルにいるゼミ長が酒を持ってこっちにきました。自信有りげな顔をして甲高い声で、ある男子学生としゃべりはじめたゼミ長は、そのうちその目線が見たことのない新顔に引き付けられました。 ゼミ長が注目した人は博士課程の中国人留学生です。お互いに挨拶をしてから、「日本にきて何年経ちましたか?」と、ゼミ長は留学生に聞きました。 「もう7、8年くらいでしょうか。」と、留学生は質問を答えました。 「じゃ、日本語はもうぺらぺらですよね。」 「それほどでもないですが。」 「日本の女性についてどう思われますか?」 「付き合ったことはないんですが。」 「うちの班にも中国人留学生が一人いますよ。×さんです。」 「×××でしょうか。」 「二人はお知りあいですか?」 「あの人は中曽根君の友達です。」 「何だ。あの人はよく授業をサボったり、女性をもてあそんだりして、ひどい奴だよ。ところで、あなたは卒業した後も、日本にずっといるつもりですか?」 「いいえ、やはり国に帰りたいです。」 「やはり日本はやばいと思うでしょう。」
留学生は「この人よく気軽に断言できるもんだな。」と思いながらも、こう答えました。「そうでもないです。経済を研究する人間だから、もちろん経済発展のホットスポットに行きたいんですよ。」 ゼミ長はばつが悪そうに「格好いいですね!」と一言。
ところで、ゼミ長の発音は少し変わっています。歌謡曲を歌うように話のテンポがすごく速いのです。アフリカ人の日本語のように聞こえます。 それに気づいた留学生は「あれは、アフリカ人を真似しているの?」と、隣の院生に聞いたのです。すると、あれは今の若者の間で流行っている話し方だと、院生が教えてくれました。でも留学生はやはりそんな日本語に少し嫌味を感じたのです。 教授が戻ってきました。また世間話の連続です。最後に日本の政治改革が話題としてあげられました。 ゼミ長は小泉さんのファンなので、改革すべきという言葉は殆ど彼の口癖になっているようです。 しかし、教授は小泉さんの改革には関心があまりないようです。教授に言わせれば、小泉さんは大したことが出来ないから、改革には大賛成ですが、小泉さんがいなくても改革は進むというのです。 それに小泉さんが靖国神社に参拝する行為は愚かな行為だと教授は言いました。ゼミ長はすぐ、靖国神社参拝は問題ないと反論したのです。しかも後から全くないとわざわざ付け加えたのです。 このとき、教授も少し酔っ払いになってきていて、酒の勢いにのって、小泉内閣の問題点を逐一列挙しはじめました。 ゼミ長はそれを聞くと、うるさがるような顔をしながら「僕は頭が悪いから政治問題は分からないですよ。」と、きっぱり教授の話を打ち切りました。
ゼミ長は今度、教授の元ゼミ生で今某大学に勤めている某博士のことを言い出しました。ゼミ長はこの某博士と仲がとても良く、しばしば一緒に飲みに行くと言いました。隣の博士課程の院生もそれを証明するため、口を挟みました。 留学生はちょうど話題の博士と6年も同窓だったので、かつて某博士もゼミ長に負けないように熱狂的な民族主義者であることを良く知っていました。すると、留学生は言いました。「なるほど、お二人が仲良しな訳ですね。」 教授はその話に続いて、「某も変わった。前のように熱狂的ではなくなったよ。社会人になって物事をよく考えるようになったからだろう。」と言ったのです。
するとゼミ長は急に口を挟みました。「やはり某先生はいいですね。僕達はお正月に一緒に飲みに行こうと約束しましたよ。先生はお正月に院生をお宅に招かれないんですか?」 「もちろん、招待するよ。」 「じゃ、なぜ僕達を招待しないんですか?」 「家が狭いからね。招待したくない訳でもないんだけどね。」 「先生としては生徒たちに対して熱意をもって、親が子供に対するように、いつも温かく扱ってくれるはずでしょうにね……。」
彼の話がまだ終わっていないうちに、教授は別の方向を向いて他の学生と話し始めました。ゼミ長は決まりが悪そうに、トイレに行ってくると言い訳をしながら、元の席に戻りました。 まもなく勘定の時間が来ました。学生は一人ずつ3000円で、教授は10000円です。教授が店を出た時、ちょうどゼミ生連れのもう一人の教授と出会い、二人は簡単な挨拶をして、擦れ違っていきました。
学生は先生についてぞくぞくと店から出て行きました。慣習によれば、この後まだ二次会があるのです。忘年会の幹事であるゼミ長は機嫌があまり良くないようで、元気なさげに「二次会に行きたい人は自由にどうぞ。僕は行かないですけど。」と言った後、自分の仲間達とおしゃべりをし始めました。 教授は残った人達と二次会の場所を相談しようとしたのですが、学生達は各自で話相手をつかまえておしゃべりに夢中になっていたので、反応してくれる学生が少なかったのです。 ようやく、一人の男子学生が先生の気まずい立場に気がついて、進んで先生に場所を聞きました。教授はあるカフェの名前を言うと、一人で先に歩き出したのです。 二次会に参加しない人を除いて、13人の学生が残りました。みんな教授の後についてとある喫茶店に入りました。教授と院生は一組になり、学部生は二組に分かれました。教授はビールを頼み、学生はみんなソフトドリンクを頼みました。 三つのグループは依然それぞれの仲良しメンバーと話を弾ませ、たまに学部生の二組の間では話題を交しますが、院生グループと学部生グループとは共通の話題がほとんどありませんでした。一時間が過ぎたころ、教授はもう9時だから帰っていいよと言い、ようやく忘年会は解散となりました。 ……でも、何か物足りない気がしませんか?
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