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出来るものならそうしたい!

作者:周興華 文章来源:贯通论坛 点击数 更新时间:2004-7-9 10:44:00 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

 都立大学 
  大学受験に失敗したことを知らされたとき、僕は急にもう学校に通えなくなることに気づき、一瞬すべてが崩れたような思いがしました。その失敗を味わったことのない人にはそういう思いを理解しがたいかもしれません。

 昔は大学に行く人がまだ少なかったので、子供が大学に受かろうものなら、決まって家族全員大喜び、近所の人達にもお祝いされたものでした。もちろんそういう時、一番有頂天になるのはやはり受かった本人でした。
  受験に失敗することはそれほど珍しくもないので、受からなかったら就職したり専門学校に行ったりして、最終的に安定した職につけばいいという感じでした。
  当時は、仕事に優劣はないのだから、どんな仕事をしても国民のために奉仕することに変わりはない、しかも大学に受からない人の方が多数派なのだから、多数派になるのはいいじゃないかという考えを持っている人が多かったのです。
  ところが今は昔とだいぶ変わってきました。大学に行けない人は少数派になり、さらに大学を卒業しても自分の好きな仕事に就くのは難しくなりつつあります。ましてや落第した高校生などは論外です。
  受験失敗は、一生「下九流」の仕事(一流は最高、九流は最低。「九流より下」つまり最悪な仕事のこと)しか就くことが出来ないということを暗示しているのです。あるいは常にリストラ要員であることを示しているのです。

 受験の失敗で僕は成長しました。それまで一度も考えたこともないことをたくさん考えるようになったのです。 もう一度やり直そうと決心したとき、僕はまったく別の新しい選択に直面させられたのです。
  それは、ある親戚が僕に日本留学のチャンスをくれるといったのです。しかも彼は、日本では大学への進学率が高いので、日本語をちゃんと習得すれば、日本の大学に進学するのはそれほど難しくないと付け加えました。
  これには完全に悩まされました。これまでの人生の中で、初めての十字路に行き当たったのです。それまで留学のことを考えたことは一度もありません。
  僕の成績はそれほど優秀ではないし、しかも僕は現実的な人間なので、国内の大学に行くことができればもう充分満足だと思っていたからです。有名な大学に受かったらもちろん最高ですが、普通の大学でもいいと思っていました。 また、さらに言えば、僕には自慢できる海外の親戚もいないので、それまで留学の夢さえ見たこともなかったのです。「仙家還是仙家做,那有凡人做仙家」(神になれる人はやはり神の親族で、普通の人なら、神にはなれないという意味)とよくいわれますが、まったくその通りだと思います。
  でも、でも、夢ですら見たことのないスゴイことが急に目の前に現れたんです!僕は驚きと喜びが入り混じった思いでした。
  ところが問題は、お金!自費留学にはたくさんのお金が必要です。うちのような極めて普通の家庭にとって、そのようなお金は大金なのです。
  でも「一長制」(一家の主人が全てを決める)の我が家は、父が、それまで外国に留学した人が一人もいない家庭は今回のような機会を見逃してはいけないと考えたようで、父の一言で僕の運命は決められてしまったのです。

 こうして僕は東京にやってきました。最初、東京にある入国管理局の「信頼校」である某日本語学校に入学しました。この学校は学生の出席率にとても厳しいのですが、学生達に学業を続けさせるために、コースを全日制と両部制に二つ分けています。
  実家が裕福な学生は全日制のクラスを勧められるのです。この学校の全日制クラスは東京で一流のクラスで、このクラスから出た学生はみんな東大や早大や慶応などの名門大学に進学したがり、また実際進学する確率も非常に高いのです。
  自力で学業を続ける学生に対しては、学校は両部制のクラスに入ることを勧めます。両部制の学生は自分のバイトの都合によって午前あるいは午後のクラスを選択することができます。
  つまり学校は、なるべく学生に生活と勉強とを両立させられるようなシステムを取っているのです。大学に行きたい人で、かつ経済的に十分でない人なら、もちろん両部制のクラスが一番です。
  そのほか校内にはアルバイト情報の掲示板があり、さらに仕事を紹介してくれるスタッフもいるのです。学校は学生に対する与え得る限りの支援方法を考え尽くしたようです。ここで僕は「痒いところに手が届く」ということを実感できたのです。

 僕の初めのバイトは学校が紹介してくれたものです。日本にきたばかりで日本語が上手くできない留学生にとってバイトを探すのはもちろん無理ですし、ましてや親友の助けがない限り見つけられるわけはありません。そのような人に学校は支援の手を差し伸べてくれたわけです。
  今の不景気の日本で、いつも客で賑わうところといえば、やはりレストランしかないでしょう。理由はとても簡単です。それは「民以食為天」(一番先に考えるのは食)だからです。
  とくに東京は流動人口率が高く、サラリーマンは昼食と夕食をほとんど外食で済ませるので、東京の飲食業は巨大なマーケットを有しています。それゆえ私達留学生にもバイトの機会を与えられるのです。
  しかしレストランの仕事は大変だし、あまりお金にもなりません。時給はだいたい800円か900円程度です。学費を稼ぐためには、長く仕事をしなければならないのです。深夜過ぎて寮に帰る日々がほとんどでした。
  夜やっと家にたどり着き、クタクタでベッドに体を投げ出すかのようにすぐ眠ってしまうことはいつものことです。僕の睡眠時間は毎日たった6時間しかないのです。
  翌朝、体力の回復した僕はまた前の日と同じような一日を過ごすわけです。バイトをしながら勉強を続ける暮らしはとても大変ですが、でもバイトは学費と生活費の主な出所なのだから、ぎりぎりで耐えてきました。
  勉強もそれほど簡単なものではありませんでした。前からよく“从零開始,从我開始”(何事もゼロから始まり、自分から始まる。)と聞いたものですが、ようやく今になってその言葉の意味を分かるようになりました。
  日本に来る前まったく日本語に触れたことのない人で、しかもすでに大人になってしまった外国人の僕にとって、今の自分はまるで「狼に育てられた子供」と同じような境遇に置かれているような気がしました。

 都立大学正門
  まるまる二年間、僕は東京以外のどこへも遊びに行ったことはありませんでした。お金もないし、時間も、そんな気分にもなれなかったからです。日本語の勉強のほかは皿洗いばかりというのが僕のライフスタイルでした。僕のベッドには日本語の本の山が積まれました。
  そうしてやっとやっと待ち望んだ大学出願の10月を迎えることになりました。しかし12月にはまた一番大切な試験――「一級日本語能力試験」と「留学生学力統一試験」が控えています。10月の出願は大いに僕を悩ませました。
  僕は出願のことで学校の辰巳先生に尋ねに行きました。学校の先生なら生徒の実力を一番知っていると思ったからです。
  しかし先生はやはり日本人なので中国の国情にはあまり詳しくないし、特に僕の家庭のことは何も知らないので、ただ日本人としての経験から「国立の名門大学に出願してみなさい。」と勧めたのです。
  それでも辰巳先生の励ましや、中国にいる父の応援を思い、思い切って東京大学の理学部を目指そうと決心しました。東大の理学部、これは名門中の名門だぞ!
  するとなんとその年の試験で僕は素晴らしい成績を取ったのです。日本語能力試験では360.5点を取り、統一試験では357点を取りました。
  先生も喜んでくださったし、もちろん僕も大喜びでした。しかしその後の東大の受験で、僕の夢は再び破れてしまいました。僕の人生の中にまた新しい失敗が刻まれたのです。

 幸い今回の出願のとき、万が一失敗したときのために、東大のほか東京都立大学にも入学願書を出したのです。完敗というにはまだ早い。
  今回の選択において「転ばぬ先の杖」、自己保護の意識を持つようになったことは僕の成長を示してもいると思います。
  東大への挑戦は確かにやってみる価値はあります。一度東大にぶつかってみないことには、辰巳先生の励ましを無駄にすることでもあるし、自分も一生の後悔を残してしまうかもしれないからです。
  万一東大に進学できなかったら、できない確率は1万分の9999だといったほうが当たってるかもしれませんが、とにかく出願のとき僕は自分の逃げ道を用意したのです。
  各大学の入試日程一覧表を細かく分析してから、最後に併願校として東京都立大学を決めました。東京都立大学の試験時間はちょうど東大よりすこし遅いくらいだし、しかもこの大学もそれほど悪くないと思ったからです。

 ところが辰巳先生は僕が東大を落ちたことではなく、東京都立大学に受かったことで苛立たれたのです。彼はわざわざ電話をかけてきて僕を説得しました。
  「周さん、東大はそんなに簡単に入るものなのか?なぜ君は来年もう一度東大を受験し直さないの?君の実力ならきっと大丈夫だよ!」と。 熱心な先生に、僕は謝ることしかできませんでした。
 
  「一年?また一年か、僕はまたどれくらいのバイトをしなければならないのか?合格と落第との間に、精神的なプレッシャーの差がどれくらいあると思う?計画は刻々と変化する世の中には追いつかないものだ。また一年を費やしてやり直すなんて、どれくらいの忍耐力が必要なんだろうか?あまりに未知数が多すぎる!僕だってやり直したくないわけじゃない!東大に行きたくないわけじゃないんだ!!」と僕は悔しく思いながらも、そう呟くしかありませんでした。

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