某君は本の虫です。本を片時も手放そうとしないほどです。彼はいつも歩きながらでさえ本を読みます。ある日のこと、彼は《鉄血N4A》という本に夢中になり、それを読みながら、池袋駅を出て学校のほうに向かっていました。
　途中あるわき道に入り、またしばらく《鉄血N4A》に熱中していると、視界の隅に向こうから人がやってくるのが見えました。某君は思わず脇に少し退きましたが、しかし相手の人は自分の横を掠めていくのではなく、逆にドスンと彼とぶつかってしまいました。
　 某君が頭を上げて見ると、その人はとても体の大きいたくましい人で、睨むように自分を見つめているではないですか。某君はあわてて「すみません。」といいました。すると相手の人も口を利き始めました。東京弁でした。

　 二人の立つ道路の隅には、その大きな人のメガネが吹っ飛んで落ちていました。大きな人はサングラスを拾い、それが壊れたと分かると、「お前、弁償しろ！弁償しろ！歩き方も知らないのか？まともに謝りもしない、言葉遣いも知らないのか？この野郎！」と急に怒りを爆発させたのです。
　 いつのまにか、ある痩せっぽちの人が二人の中に入り、大きな人の「お手伝い」をし始めたのです。彼も同じ東京弁でした。 某君は「やばい、どうしよう！」と思いました。
　
　 「でも、全部俺のせいじゃないはずだよ。二人並んでも十分に歩ける道なんだし、そもそも俺じゃなくて向こうが俺のほうにぶつかってきたんじゃないか！」と某君は急に目を覚ましました。 「よし、もし彼らにしつこく付きまとわれたら、一緒に警察に行ってもいいぞ！」と心を決めました。
　 そして某君は、黙ったままムッツリとした顔で相手の二人をじっと見つめました。 その二人の男性は、彼が何の反応もする気がない様子なので、ちょっと変だと思ったのですが、でも相手の外見だけを見るぶんには何もおかしいところはありません。
　 しかし某君の本は、なんと平仮名が一つもなく全部漢字です。再び某君の顔を見ると、そこに恐怖はなく、憤りと卑しみだけがありました。
　 二人の男性は何か悟ったようで「お前、俺達の言葉が分からないのか？」と口を揃えて彼に聞いたのです。「いいえ、もちろん分かるよ。」と某君のちっとも外国人っぽくない日本語が聞こえてきました。
　 結局その大きな人は「今日はいいけど、今度会ったら殺してやるからな！」と捨て台詞を残してプンプンしながら行ってしまいました｡ 　　

　それからというもの、某君はずっとその言葉が気になっていました｡学校へ行く途中の読書も止めてしまいました｡でもその後二度とその大きな人には会わなかったのです｡
　 ある日某君が日本人の友達と世間話をしているときに、その出来事を話してみました｡

　某君：「“今度会ったら殺してやる”と言ったぞ！」
　日本人友達：「そりゃ、そいつはそろそろ帰るだろう。」
　某君：「えっ！どうして分かるの？」
　日本人友達：「それは日本のゴロツキが去る前によく使うセリフなんだよ。」
　某君：「ああそうか、なるほど。それは中国の「二十年后又是一条好?」（昔、山中に集合して時の権力に反抗したり、強盗を働いたりした集団の人たちが、捕まって死刑になる前によく使った言葉。今では人を退けようとするときに、その前に相手に平気な顔を見せびらかすためによく使われます。）と同じなのか｡
　 ただのスラングか！よかったあ～！」