昨年、中国某省の書道代表団は、日本某県の書道協会の招待を受け、日本にやってきました。日本側の書道協会は、異国の来客を歓待するために、臨時に通訳を雇うことにしました。
友人の紹介で、僕はその2時間ほどの宴会の通訳をやらせてもらうことになりました。美味しい料理を食べて、なおかつ1万円のお給料を貰えるなんて、なかなかいい仕事じゃないか!僕は喜んでそれを引き受けました。
僕が指定場所に行ってみると、偶然その代表団の中に二年下の後輩が一人いるではありませんか。今彼はその省政府の外事処の処長を務めているそうです。
やれやれ、彼と比べて、僕は依然として平民のまま…。暇をみてここに通訳にきた僕は、どうにも顔を見せたくないほど恥ずかしいと思いました。
宴会が始まるまでの間、代表団のメンバー達と少し話をすることができました。そのメンバーの殆どは、地方企業の方で、しかも彼らの書道の腕前は、アマチュアレベルの方が多いと分かりました。
世間話の最中、ときどき「たった10日間の旅行で3万元も人民幣を取られた!」という文句も出てきました。つまりこの代表団は、自費参加できる人の集まりだということも分かりました。
確かに自費海外旅行より費用は遥に高かったようですね。
宴会が始まりました。まず、両方の代表から祝辞が交わされました。日本側の代表は、書道協会の主席の方です。その方は、もう70歳以上の年の人で、少しよぼよぼしながらも、昔皇帝が出した折本のようなものを開いてゆっくりと読み上げていきました。
「しらずしらずに秋の季節に入ってまいりました。9月9日は中国の重陽の節句でございます。重陽の節句は丘に登っていきましょう……。」などなど――。
読み終わると、彼の足元に紙の山ができてしまうほどの原稿の長さでした。
彼のそばで通訳をしている女性は、長年協会と付き合ってきた人で、この県ではそこそこ有名な人物です。しかし、彼女の中国語はどうもお世辞にも上手だといえないようです。
でも幸いなことに、彼女はすごい度胸の持ち主で、間違っていても通訳してしまう勇気の持ち主でもありました。言葉が見つからない場合も、無理に原文と合わないことをこじつけてしまうのです。でもそれこそ聴衆にたくさんのユーモアのネタを与えることにもなったのです。
中国語を分からない人なら、彼女の通訳について少しも変だと感じません。僕は聞いているうち、ふと思いました。みんなを楽しませるためには、ちょっとばかりのこじつけも通訳には必要なのではないかと。
日本の代表に続き、中国の代表が登場しました。原稿を開くやいなや、彼は体中の気を絞って大声で祝辞を始めました。
「正逢八月中秋,毎逢佳節倍思親........」(ちょうど8月中秋節にめぐり逢う時期ですが、‘節句に逢うたびに故郷の家族を思う’という諺もあるとおり……。)
席でお酒を飲んでいた僕は、彼の言葉を聞いてビックリ!普段カレンダーを見ない僕は、代表の二人の冒頭挨拶にすっかり混乱させられてしまったからです。「いったい今日は何日なの?!」
宴会中の諸君はその食い違いをいっこうに気にしないようで、祝辞なら是非を問わず、すべて熱い拍手を送ります。そうして宴会は円満に幕を閉じたのです。
その後、あの日は旧暦の8月15日直前にあたることが分かりました。書道を研究した上は、重陽と中秋はともに中国の節気だと知っているはずの彼らは、書道が中国から伝わってきたものだから、主催者として書道に精通していることを相手に見せたければ、この場に限っては、やはり中国の節気(つまり旧暦)に合わせるべきだったのではないでしょうか。
中国文化に精通していると自称する人達も、結局基本の常識を忘れてしまったんですね。文化の伝播とは、まさに容易なことではないものなのですね――。