輸血はふつう特別病室で行われます。特別病室の中にはすでに4、5人の年配の患者さんがいました。
私の向かい側のおばあさんはまだ意識がはっきりしていますが、ほかの患者さんはみんな昏睡状態です。
病室はとても静かです。しばらくして看護婦さんが隣の男性患者の洗面をしにきました。
彼女は軽く病床を揺らしながら男性患者に声をかけてみました。
「梅田さん、梅田さん、歯磨きですよ。」
返事はありませんでしたが、歯磨きの音がしてきました。するとまた、看護婦さんの声です。「梅田さん、梅田さん、口を漱ぎますよ。ああと、口をあけて。そう、そう、漱いで出してね。」
ペッという水を出す音がしました。
看護婦:「よし、もう一回漱いで水を出してね。」と、看護婦さんの声。またペッペッと、水を出す音。
看護婦:「よ~し、もう一回ですね。これで最後ですよ。飲み込まないでね。」
ロロロロと、うがいをする音がしてきて、出すかなと思いきやゴクンと水が飲みこまれてしまった音!
看護婦:「あら、大変!どうしよう!」
そんな困った看護婦さんの顔を見なくてもその様子は想像できます。思わずウププ…!と笑いたくなりましたが、一所懸命こらえました。
その日、その患者さんは痰を吐くときも二回もゴクンとしてしまいました!
しばらくして、向かい側のおばあさんが、「おねえさん、おねえさん、カップラーメンを食べたいんですけど、買ってきてもらえますか?」と声をあげました。
「はい、少々お待ちくださいね。」と一言きり、その後何も起こりませんでした。
またしばらくして、今度、そのおばあさんは、「おねえさん、おねえさん、ミカンを食べたいんですけど、買ってきてもらえませんか?」と言い出したのです。
看護婦:「はいはい、お宅から持ってきた食べ物がたくさんあるでしょ。あなたの欲しいものは全部ここにあるから、買う必要はないでしょう。」
おばあさん:「手が届かないですもん!」
看護婦:「とりあえずあなたに食事させるかどうか先生に訊いてきますね。」
でもまた、それっきりでした。この日、おばあさんは何回も看護婦さんに買い物を頼んだのですが、一度も叶いませんでした。先生が彼女の食事を制限しているのでしょうね。
梅田さんのリハビリを担当する医者がきました。若い女性です。彼女の声はとても可愛らしく、まるで17歳か18歳くらいの少女の声のように聞こえます。
女性医師:「梅田さん、梅田さん、左足をあげて。」
長~い沈黙…。
女性医師:「よし、もう一回あげて。今度は右足ですよ。」
1時間後、梅田さんの足や腕や頭部の訓練は全部済みました。
今度は顔の訓練のようです。
女性医師:「梅田さん、梅田さん、目をあけてね。」
若い先生が何度も頼みましたが、梅田さんからの反応はありません。
女性医師:「梅田さん、梅田さん、目を開けて私を見てみない?私を見たくないの!?」
なんと美しい声でしょう!私まで彼女を見たくなるほどです。梅田さんはその声にやっと反応したようで、若い先生は満足そうに離れていきました。