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自転車と僕の物語

作者:陳超  来源:贯通论坛   更新:2004-7-1 15:33:00  点击:  切换到繁體中文

 

日本に滞在した一年間、最も僕にサービスを提供してくれたのは、一番目はベッドで、二番目は自転車です。

 日本の交通網はとても発達しています。特に東京のような大都会では、電車や地下鉄は絶え間なく走っているし、タクシーやバスなどがどこへでも送ってくれます。それは人々の生活に大変な便利さをもたらしているのです。
 留学生にとって、学校やバイト先に行く場合を除いて、また、たまに遊びに行く程度なら、それらの交通手段を利用しても大丈夫なのですが、すべての場合にそれらに依存してしまうと、交通費はかなり膨大な額になってしまいます。
 ですから、「自転車王国」と呼ばれた中国からきた留学生たちは、ごく自然に自転車を普段の交通手段にすることになるのです。
 しかし、自転車は自動的に動いてくれるわけではないですから、厳密に言えば、自転車は人力車と呼ばれるべきだと思います。
 しかも東京の道路は、坂が多いことがその特徴の一つと言えましょう。某テレビ局が、東京の坂を特集したこともあるくらいなのです。
東京の道路 また、東京の道路は、自転車専用道がありません。いたるところに見える盲人ガイドと比べると、なんだか寂しい気がします。
 それは、役所の見落としなのか、あるいはそもそも自転車専用道を重視していないからなのでしょうか。
 でも、それくらいの困難は、全然たいしたことではないんです。だって、そもそもここにくる時から、自らを苦で鍛えることに十分な心構えが出来ていたのですから。
 
 東京のような大都会では、自転車専用道が設置されてはいないけれど、自転車に対する管理は優しいどころか、逆に厳しいと言っていいでしょう。
 というのも、お巡りさんは、勝手に自転車に乗る人を止めて、自転車の番号を検査することができるのです。
 自転車の所有者であることが確認されれば、お巡りさんは、「失礼しました。」と淡々とした一言で終わらせるのですが、自転車の所有者でない人に対しては、しつこく調べますし、でもそれはまだ軽いほうで、しばしば自転車を没収されてしまう破目にまでなるそうです。
 ですから、寮に入るときにまず教えられることは、道端に捨てられている自転車は絶対拾ってはダメ!ということでした。

 日本の交通が発達しているとはいえ、見落とされているところはあります。たとえば、寮から東京大学までの交通はそれほど便利とは言えません。電車と比べて、自転車の方が逆に一番早く着くほどです。
 東京にきたばかりのとき、まだ東京の道を知らないので、自転車での通学はもちろん無理でした。ですから、寮友が安価で譲ってくれるといったのに、その中古自転車を受け取ることはしませんでした。
 でも、ようやく道が分かるようになり、そろそろ安い自転車でも買おうかな、と思ったときには、そんな好都合なことはありっこないんですよね…。

 新しい自転車を買うには、少なくとも1万、2万円くらいのお金がかかってしまいます。そのときの僕は、まだ金銭観念が保守的で、一気に5桁のお金を使うなんて、なかなか難しい決断でした。
 また、僕の滞在期間は1年しかないので、帰国するとき、もし自転車を転売することができなかったら、新車を捨てることになるので、それはあまりにもったいない…!結局、考えたあげく僕は歩くことを選んだのです。
 通学は、徒歩で片道40分くらい。ちょうど新聞にも歩くのは身体にいいと書いてあったしな、身体を鍛えるためだと思うことにしよう…。僕はそう決心しました。

 ある日、寮の食堂で上海からきたSさんと世間話をしていたら、彼は1ヶ月後帰国することに決まったので、自分の自転車を僕に譲ってもいいと言ってくれました。彼は、わざわざ付け加えて、その自転車は多少ぼろぼろになっているといいました。
 でも、僕にしてみれば、「要飯還能嫌飯」(物乞いである自分は、貰った物をどうこう言う余地はないこと)、もちろんその場でさっそくSさんにお礼をいいました。
 その日僕は「そろそろ徒歩運動法をやめようかな。」とちょっぴり嬉しく思いました。

 ところが、喜ぶのはまだ早すぎました。約束の日になると、Sさんは、その自転車があまりにぼろぼろなので、譲るのをやめたいと言いにきたのです。
 しかし、僕は鈍感なタチで、なかなか彼の真意を理解することができませんでした。仕方なく、彼は真実を教えてくれました。
 実は、彼の自転車はすでに元同僚に譲ってしまったというのです。僕は何も文句を言うことはできませんでした。だって人の間には、親しさの度合いってものがありますからね。
 
 だた、そのことで少しがっかりした僕は、それをきっかけに新車を買うことを決心したのです。1ヶ月間にわたる徒歩通学が、おそらく僕の勇気まで鍛えてくれたのでしょう、新車でも何でも買う勇気が出たのです。
 僕の1ヶ月の生活費は、7~8台くらいの新車を買える程だから、新しい自転車が1台くらいなら問題になりません。オリンピックスポーツ用品センターは、毎週土曜日の午前中、自転車の特売を行なうという情報を掴んで、僕はさっそく土曜日に、「好漢歌」を口ずさみながら、勇んで自転車を買いに出かけました。

 「无巧不成書」(物事に偶然は付き物であることの喩え)という言葉がありますが、ちょうど途中で、ぼろぼろの自転車をいくつか載せているワゴン車に出会ったのです。しかも、運転手さんはマイクで何か叫んでいます。
 僕は、それが中古車を売るワゴン車だと思い、運転手さんに話しかけてみました。しばらく話をして、向こうの話はちんぷんかんぷんだったけど、それでもようやく2,000円という値段で中古車を売ってもらうことに成功したのです。
 しかしお金を渡してから、「領収書はない」と言われ、ちょっと躊躇ってしまいました。領収書のない自転車を買うことは、拾った自転車と変わりがないでしょう。しかも、日本では自転車を拾うことは盗むことと同じといっても加言ではないのです。
 この自転車を証明するために、白紙の領収書でもいいから、とにかく一枚書いてくださいと、僕は運転手さんに頼みました。そうして僕は、白紙の領収書と自転車とをもって帰ってきたのです。帰る前、僕は万が一のために、そのワゴン車の番号まで覚えました。

 寮に帰ると、さっそく僕はすでにペチャンコになっている後輪のタイヤに空気を入れてみました。けれども、なかなか膨らんでくれません。
 ちょうど、傍を通りかかった寮友が、僕の自転車をチェックしてくれて、タイヤに穴が空いていることが分かりました。ちょうど寮には自転車修理の道具があるので、自転車を修理することにしました。
 しかし、その自転車は、「麻袋繍花、底子太差」(あまりにボロボロで、修理しようがないことの喩え)、どれだけ穴を繕っても、やはり使えないようでした。仕方なく、再びオリンピックに行って新しいタイヤを買ってきて、やっとそのぼろ自転車を直すことができたのです。
 その夜、ちょうど何人かの同窓生と飲み会をする約束があったので、その時みんなに僕の自転車購入の経緯を聞いてもらったのですが、すると、ものすごいたくさんの批判を浴びせかけられることになってしまいました。理由は、身元不明の自転車を買ったなんて、自転車を盗むよりヤバイというのです。
 ようやく月曜日がきました。朝早く、寮の事務室に行って、自転車の登録をしようとしました。しかし、室長は日本人なので、僕の自転車の出所を聞いたら、どうも登録できないと言うではありませんか。さらに、いろいろな自転車についての恐い話を聞かされたのです。

日本の交番 中国人の管理人は、そんな僕を見かねて、僕と一緒に警察に行き、自転車の身元確認をしてもらうようにしてくれました。
 警察に行く途中、僕は、自分がまるで自転車窃盗容疑者であるかのように思えたものです。
 警察は、電話をかけたり、パソコンの記録を調べたりして、しばらく忙しく調査していましたが、その自転車は確かに盗まれた自転車ではないことが判明したので、僕らに対する態度も次第に緩やかになってきました。
 「今後自転車を使うときは気をつけてください。もし警察に聞かれたら、詳しく説明してあげて。」とその警察官は僕に言いました。
 「何をおっしゃる!僕のこの程度の日本語で説明できると思ってるの!?」と、僕はやるかたなく思ったものでした。
  
 そんなことがあった後、僕は出かける時は、必ず全ての証明書を持っていくことにしました。左側通行はもちろん、夜間は必ず照明をつけるなど、交通規則をきっちり守って、少しも油断をしませんでした。そのおかげで平和な毎日を送っていたのです。
 しかし、たった一度、自転車に乗っている時、警察に後ろから追いかけられたことがありました。何か自転車のことを言っているようでしたが、僕は半分聞き取れなかったので、慌ててすべての証明書を出して見せたのです。
 すると、その警察官は、逆に照れたようで、僕に自転車の確認ではなく、その自転車の後ろのタイヤが大変歪んでいると言いたかったと説明してくれたのです。
 さっきあまりに驚いた僕は、彼に「ありがとう。」と言いながらも、「ありがた迷惑だよ、僕の心臓まで飛び出しかけたじゃないか!」と心の中で呟いたのでした。

 ところが、何日も経たないうちに、その警察官の話が現実になってしまったのです。後ろのタイヤは、その内輪が背負っている圧力がバランスを崩し、時間が断つにつれて、いくつかのチェーンが切れてしまい、ついに自転車は動かなくなってしまったのです。さらに生憎なことに、寮にはその修理をする道具がありませんでした。

 そうして僕は、再び以前の「徒歩運動法」に戻ったのです。人は前進するのは良い気分ですが、後戻りするのは何とも辛いものですね。
 しばらく我慢していたのですが、寮友がわざわざ国から修理道具を持ってきてくれて、そうしてようやく僕のぼろ自転車は、再び息を吹き返すことになったのです。
 
 ある日、僕は池袋にカメラのフラッシュを買いに行ったのですが、その途中で、タイヤに穴が空いてしまったことがありました。
 そのままうち捨てることもできないので、かんかんと照りつける太陽の下、僕はその自転車を押しながら、ずっと歩いて帰ってきたのです。そのときの自転車は、完全に「鶏肋」(鶏の肋骨のように痩せこけて何もなくなった様子)になってしまったのです。
 その事件があった後、僕はその自転車をすっかり諦めてしまいました。僕は「彼」を首にして車庫に寝かせておくことにしたのです。
 でも、その後一度だけ、「彼」のことを思い出すことがありました――。  

 友達と一緒にバーゲンに行ったときのことでした。バーゲンの会場につくと、大急ぎで自転車をとめて、買い物の人垣の中に潜りこんでいったのです。
 ヘトヘトになって会場から出てきたとき、自分が乗ってきた自転車は、その姿が消えてなくなっていました。後になってその原因が分かったのです。
 東京には駐車禁止のところがたくさんあり、しかも警察はよく駐車違反の自転車を没収して、自転車の持主に取りに行かせるというのです。
 さらに、罰として持主が自転車を取りに行くとき、3,000円の保管費を支払わなければならないことになっているというではありませんか!
 僕はその厄介なことに出くわした、という訳です。その日乗った自転車は、友達から借りてきたものなので、罰金を支払うことはどうやっても免れません。
 「あーヤダヤダ!僕のポンコツ自転車だったらよかったのに!」と悔しくてたまらなかった僕でした。


 

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