前の「始末書事件」からまもなく、老硬はまた危険にさらされました。ある日のこと、掃除の時間に老硬が一所懸命に床をごしごし磨いていると、甲高い怒鳴り声が聞こえてきました。 老硬が頭を上げて見ると、課長が片手を後ろのポケットに差しこみ、もう片方の手をどこかにやり、怒った顔で自分の前に立っているではありませんか。 老硬が課長の手の先を見てみると、誰かがホースの水を流したままで行ってしまったのがわかりました。老硬は黙ってすばやくホースの蛇口を止めました。 幸いに日本人の管理者は、間違いがあったら、理屈っぽい弁解をしないですぐに行動で直す人が好きですから、課長はそのあと何も言わずに行ってしまい、老硬は無事にその災いをやり過ごしました。 その後、老硬は友達の無責任な行動で被害を被らないために、仕事に積極的になり、責任感を持つようになりました。しかし積極的な行動はまたひどい目に遭う種にもなったのです。
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ある日のことでした。仕事が終わり、掃除も無事終わりました。低い所にはまだ掃除後の水溜りが残っていて、老硬はいつもの通り水かきを持ってそれを始末に行きました。 一緒に仕事をしていた仲間達はもう待ちかねて、老硬が早く終わらせるように、部屋のライトを消して外に出て一服しに行きました。 みんなが外でちょっとさぼってから、もう老硬は片付け終わったかなと思い、一緒に工場の事務室にタイムカードの打刻をしに行こうと迎えにいくと、もう一つ角を曲がれば着くというところで、またまた課長の怒鳴る声が聞こえてきたのです。 仲間の一人がそっと首を伸ばして見ると、事務室の前で課長が老硬に怒っているのが見えました。課長はもうとっくに職場のライトが消えたのに、さっきまで何をしていたのかといったようなことを老硬に聞いているようでしたが、老硬はせわしなく手と体を動かして説明しているところでした。 みんながほかの通路を通り着替え室につくと、間もなく顔を真っ青にした老硬も戻ってきました。仲間たちがくすくす笑っているのを見て、かっと怒り出しました。 「すべてお前たちのせいだ!おまえらが早くライトを消さなければ、こんなことはありえないのに。真操蛋(なんと馬鹿なこと)!」 この「真操蛋」は、老硬の一番程度の高い悪口ですから、本当に怒っているのだと皆わかりました。 みんなも老硬にすまない気持ちで、その怒りを何とか静めようとしました。老硬が冷静になったと見ると、だれかが不意に「課長はなんといったのか」と聞きました。 「課長が私に「なになにをしましたか」と聞いて、 私は「なになにをしました」と答えた、 課長は「これからなになにをしなさい」と話した」と老硬が答えました。 それを聞いたとたんに、みんな思わず爆笑してしまいました。怒られるとは思いつつも、いったい何を話しているか、さっぱりわからないのですから。肝心な動詞は何一つとして聞き取れませんでした。 課長は結局帰っていったけど、いったい課長が老硬の必死のボディーランゲージで事情を理解できたのか、それとも、老硬のとんちんかんな説明を聞いてあきらめたのか、だれにもわかりませんでした。
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