日本語に「おのぼりさん」という言葉があります。それは、はじめて田舎から大都会に出てくる人を指します。
田舎とは、農村と小都市の代名詞であり、一部の都会人にとっては、地方の県庁所在地もその範囲に入っているでしょう。
例えば、埼玉県関係者は埼玉が東京圏にあると常に主張しますが、東京人からみれば、それはただ首都圏の端にある都市で、都会とはいえないものです。
埼玉市に住んでいる私は、毎日東京に仕事に出かけるので、毎日「のぼる」必要があります。大変です。
田舎と比べて都会が良い、ということは言うまでもありません。でなければ、多くの人々が東京や大阪の大学に憧れ、仕事を求めに来ることはないでしょう。
義理の母も、かつて横浜に10年も住んでいたことをいつも口にします。そして彼女の最大の自慢話は、品川で山口百恵さんがブラブラしている姿を見たということです。彼女は正真正銘の長野県出身にもかかわらずです。
しかし、中国人の私にとって、日本の都会と田舎との差は、ほんのわずかにしか感じられず、もし田舎に自分に合う仕事があれば、一所懸命に上京しようとは思いません。むしろ日本の田舎、あるいは小都市に住んだほうがいろいろな面で良さを感じられます。
たとえば、交通です。都会人は毎朝、ギュウギュウに混んだ電車に乗り込んで通勤します。しかも1時間以上の電車旅はごく普通のことです。
一方、田舎の人はたいてい車で出勤します。30分以上の旅は彼らにとって長旅です。東京の高速道路では1時間、2時間の渋滞は日常茶飯事のようです。しかし、田舎では、前に車が4台、5台とあれば、すぐ「やばい、また渋滞か!」と文句を言います。
また、1人あたりの土地の平均使用面積をあげましょう。田舎では土地を買って、家を建ててさらに庭を付けます。しかし、それにかかる総費用をもってしても、都会のそこそこ良い立地にある広いとはいえないマンションが必ずしも買えるとは限りません。
都会人がマイホームの周りにいくつかの植木鉢を置くことを庭のかわりにするのは、田舎の人からみれば情けないことかもしれませんが、多くのマイホームを持たない人々が、それを将来の夢とし、奮闘していくエネルギー源としているのです。
田舎なら、マイホームを一軒持つのはごく普通のことです。何軒ももっている場合もあるし、さらに道路づくりのために地方政府に自家の土地を買収された経験の持主は、たいていお金持ちです。
都会人は屋根のない駐車場のほかに車を止める場所があまりないので、雨の日になると、車がすぐ汚くなります。洗車はガソリンスタンドに頼みますが、費用は千円か、2千円くらいかかります。高いと思ったら、自動洗車器もあります。5分間で500円かかります。しかも自力で車を洗わなければなりません。
田舎では、みんな自前の車庫を持っています。中に車を2台以上駐車しているのはよく見られる風景です。なぜなら夫婦やその他の成人になった家族メンバーが、通勤や買い物などの用事に出かけるとき、それぞれに車が必要なんですから。洗車は通常自宅の庭で行うので、好きにやっていいという感じですね。
田舎のその他の良さをあげれば、たとえば、空気や水、風景などは言うまでもありません。また都会のデパートやスーパーなどは、たいてい田舎にもその支店、あるいはチェーン店があるものです。
テレビ、インターネットなどのIT技術の発達によって、情報のやりとりも便利になっています。ですから、田舎には不便なところは一つもありません。
しかし、田舎には悩みがないわけでもありません。最も頭を悩ますのは、就業チャンスが少ないことです。また田舎は都会ほど大型の商業娯楽施設が多くありません。
ですから、若者はみんな都会に出て仕事を探します。子供はディズニーランドや渋谷の109などに憧れているようですね。