Lさんは今年の春に中国からきた留学生です。年齢からいえば、彼は同級生より年上なので、「老大」(友達の間で一番年長者に対する親しい呼び方で、「兄貴」と似ています。)と呼ばれています。
しかし、「老大」とはいえ、Lさんの日本に対する理解度はほかの新人学生と変わりはありません。周りのことに新鮮感を持ちながらも、同時に不安を感じているのです。
一口に不安といってもいろいろありますが、特に生活に関わるお金についての心配が大きいのです。初めての日本では、何といっても母国との物価の差に思わず驚嘆せずにはいられません。
日本に持ってきたお金で、これからの生活費と学費を賄うのは大変です。「焼け石に水」のようなものです。ですから、彼も他の留学生と同じように、学校の勉強がいったん落ちつくと、アルバイト探しを始めました。
さすがに「老大」と呼ばれるLさん、今までの社会人経験を活かして、程なく彼の希望に合致したアルバイト先を見つけました。面接は二日後です。
この日の放課後、「老大」Lさんは、来るべき面接に備えて、住まいから面接先までの道を確認しようと自転車で出かけました。
日も暮れかかった頃、考え事をしながら自転車をこいでいると、ある交差点に差し掛かり、Lさんは信号が変わる瞬間にその道を渡ろうとしました。
少しでも早く確認したいという気持ちがそうさせたのかもしれません。その瞬間です。横側から同じ心理で交差点を素早く通過しようとした運転手の加速した車と衝突してしまいました。もちろん、自転車が車の相手になろうはずもありません。
不幸な事が起きてしまいました。突如として起こったこの事故に、「老大」Lさんはどうしたらいいのかさえ分りませんでした。
衝突した相手は30歳くらいの体格の良いご夫人です。彼女は車から降りて、自分の車に衝突し、地べたに倒れた人間が日本語を話せない外国人だと分かるやいなや、勢いよく日本語を連発しました。
言葉が分らないことをいいことに、目の前にいる外国人を一方的に責め立てたのです。Lさんは彼女の勢いに圧倒されてしまって、思わず学んだばかりの「すみません」を口にしてしまったのです。
彼女はそれを聞くと、さらに強気になり、警察官と家族を呼んできました。警察官は、彼女の話しを聞いてから、「老大」Lさんに「事故の原因」を聞き始めました。
しかし、お互いに言葉が通じないので、調査はなかなか進みません。「老大」Lさんは後援者としてほかの留学生を呼んできて事情を説明しました。
時間だけが無駄に流れていきました。状況について主張したいことは全部言いましたが、二人の話した事実はかなり食い違っていました。
それが分かっていながらも、残念なことに「老大」Lさんと後援者たちの日本語レベルでは、きちんとした事情の説明もできなかったのです。
このような状況になってしまい、「老大」Lさんは説明することを諦めかけました。「日本にきて1週間もたっていないのに、こんなにも友達に迷惑をかけて、本当にすまない。」と彼は思いました。
「病院で診察を受けるのにもお金が掛かる。日本の法律は公正だと聞いていたが、このような状況では公正に処理してもらう可能性は低いだろう。」こんなことがLさんの頭の中をめぐりました。
すると「老大」Lさんは再び「すみません」を口にしてしまったのです。
この決定的な一言で、調査結果は明らかになってしまいました。間違っていない人は絶対「すみません」なんて言わないでしょうからね。
「すみません」と自ら言うことは、自分が過ちを認めることに他ならないのです。法律上で過ちを認めるということは、責任も取らねばならないということです。
「老大」Lさんは、自分の怪我の治療費に加え、あの憎たらしいご夫人の車に14万円もの修理費を出さねばならなくなったのです。
「老大」Lさんはとても悔しく思いました。しかし、自分の気持ちをうまく伝えることもできないし、それを聞いてくれる人もいないのです。
しかたなく彼は、阿Q(魯迅の短編小説『阿Q正伝』の主人公)風の理由で自分を慰めようとしました。「まぁ、しかたがないことだ。学費を払ったと考えればいい。災いを避けるための財を払ったと思えばいい。」と。
事件は解決しました。しかし、Lさんの心の中には解けない謎がありました。それは、この「すみません」の使い方です。
後日友人に聞いたことですが、他人に迷惑をかけてもきちんと謝れば許される、というのが日本の習慣だそうです。しかし、実際の状況を充分に説明できない上、謝りもしない人間はきっと訴えられてしまうでしょう。そうしたらもっと大変そうです。
この前の時のような場合、「すみません」を使ったほうがいいのか、正直に謝らないほうがいいのか、「老大」Lさんはしばらく気持ちの整理がつきませんでした。
でも、さすが「老大」です。彼は一時的な困難に流されることなく、「お金は力で稼ぐもの」という信念を持って前に進みました。
日本語が下手でも、努力すれば乗り越えられないことはありません。「老大」Lさんは、かつて中国で10年もの間、整形外科医として働いていました。漢方、整体と針灸も得意です。その経験と技術を生かして、整体院で整体と針灸のアルバイトを始めました。
患者たちの評判が良いので、他の整体院にも招かれて、「先生」と呼ばれるようになりました。患者たちは彼の手にかかると、うそのように苦痛から解放されるのです。
彼は患者たちから信用を得、アルバイト先の整体院も大繁盛するようになりました。「老大」Lさんの生活に関する心配はほとんどなくなりました。
今、多忙な「老大」先生に施術してもらうには予約が必要です。患者たちの中には来るたび必ず、「あの中国人の先生はいついらっしゃるのですか?」と尋ねる人が大勢います。中には「中国人の先生」が来ない日には、病院に来ないという人までいるのです。
「先生」になった「老大」Lさんですが、依然として、あの時の事故のような場合、「すみません」を言うべきかどうか、納得のいく結論を出すことが出来ずにいます。いつか、結論が出せるときがくるのでしょうか?