子供の頃の本の中に「磨洋工」という言葉がよく出てきました。「磨洋工」とは、仕事中に油を売るとか、のろのろ仕事をすることを指します。
また「仕事にまめな人は殴らない、こっそり怠けてる人も殴らない、気の利かない人だけを殴る」という俗語もよく思い出します。
本を見ると、それらの言葉についての解釈が載っているのですが、自分にはそういう体験がなかったので、言葉の意味もいまいちピンと来ないし、それについて深く探ろうともしませんでした。
たまにその言葉を思い出して、多分「老外」(外人のこと)の下で、のろのろ仕事をするから作られた言葉だろうと、そう解釈するしかありませんでした。
その後日本にきて、日本の工場で働いてみてはじめて、急にその忘れかけていた言葉の意味を悟ったような気がしたのです。
その工場で私は一人のとても厳しい課長と出会いました。機械が故障で止まるたびに、私は次に何をやればいいのか分からず、よく困りきっていました。もし彼にそういう姿を見られてしまったら、大変なことになってしまいます。
仕事がなくても、彼はいつもとるに足らない些細な用事を、手の止まっている人に言いつけてやらせていました。また私はよく周りの日本人のおばさん達の仕事ぶりを観察していたのですが、機械が故障で止まっても、彼女達は手を止めようとしませんでした。
いつも目を見開き、あちこち用事を捜しまくっているのです。ほんの小さな紙くずでも、彼女達が見つけようものなら、ひどく真面目な顔でその紙くずを拾い、わざわざ遠くまで捨てに行くのです。
とりわけ仕事が少なくて、人手がたくさん余っている時は、彼女達は機械が故障することを待ち望んでいるみたいな様子でした。
機械の調子が少しでも変になりそうだと見ると、みんなで一斉にそこに集まって、ケンケンガクガク、さも忙しそうに動き回っていたので、逆に現場が余計混乱してしまう場合が多かったりしました。
その工場で長く働くことで、だんだんその謎が分かるようになってきました。日本人の上司は、働いている人たちが仕事の途中で手を止めてしまうことをあまり好まないようです。
機械が止まっても人は止まってはいけないのです。手元の仕事を何らかの理由で出来なくなってしまっても、ほかの用事を探しに行かなくてはいけないというのは、日本の工場で働く上での暗黙の了解のようなものなのです。
たとえば、ごみ捨てという簡単な仕事でも人によってやり方が違います。私はごみを台車に乗せて、指定された場所に捨てにいけばいいと思っているのですが、日本人のおばさんにしてみると、それではいけないらしいのです。
彼女達はまずごみを紙箱の中に詰め込み、また紙箱をしっかり封じて、そして指定されたごみ捨て場のところで、また紙箱を一つ一つ細かく、きちんと揃えます。それは、良く言えば「整理整頓」ということになります。
本当は仕事がなくても、みんな仕事があるかのように、些細な用事を見つけ力を尽くす、あるいは次の時間に仕事がなくならないように、なるべく今の仕事をゆっくり長くやるのです。簡単な仕事でもわざとやり方を複雑にするのです。
普段いかに頑張って仕事をしても、もし上司に少しでも止まっているそぶりを見られたら、怒られてしまうのです。
なるほど「磨洋工」とはそういうことか!それを理解した私はきっと、日本人上司の目の中だけの働き者になれることでしょう。