私が今住んでいるアパートに引っ越してきたばかりの頃、階下にある老夫婦が住んでいることを知りました。日本式の木造住宅は音が響きやすいので、家にいるときはなるべく静かに抜き足差し足で歩くことにしました。
でも娘はまだ2歳半で、とてもじっとしていられません。注意されてもあっという間に注意されたことを忘れてしまうのです。
とうとうある日、厄介なことが起こりました。娘は日本のタンスに興味津々で、それを登ったり下りたりしたがっていました。
その日妻は洗濯をしており、私はご飯を作っていたのですが、娘は注意する人がいなくなったので、ドンとまた1回やってしまいました。
お母さんが慌てて娘を注意しましたが、やがてノックの音が聞こえてきました。
ドアを開けると、そこには一人の丈夫そうなお爺さんがむっつりした顔をして立っていました。「私は一階に住んでいる三浦といいます。」という相手の言葉を聞いた私は、瞬間「やばい!」と密かに思いました。
慌てて「宜しくお願いします。」と言いましたが、相手はちっとも礼儀を返す気がないようでした。
「お宅はどうしたのですか?いつも二階で床をトントンと叩いて何をしているのですか?隣同士はお互いに気を使わなくちゃいけないってことを知らないのですか?」と、そのお爺さんはずばりといったのです。
「あ、どうもすみません。私達は普段音を出さないように気を使っていますが、ただ、うちには子供がいて、いたずらな子でよくあちこち跳んだりするんですけど、これからは彼女を厳しくしつけますので、本当に申し訳ありません。」と私は返事しました。
私が三浦さんと話をしていると、娘は自分の小さな顔を外に出して私達を覗きにきました。すると意外にも三浦さんの態度はガラっと変わり、「子供さんはまだ小さいのですか、これは大変失礼しました。子供を責めないでください。子供ですから、もちろんあちこち跳んだりするのでしょう。本当に申し訳ありません。失礼します。」と言ったのです。
あまりの変わり身の早さに、私がまだ事態を完全に理解しきれないでいるうちに、三浦さんはもう消えていってしまいました。
朝の出来事はもうこれで終わっただろうと思いましたが、その日の夜、三浦さんは日本の小豆もちを持って家にお詫びにきました。あまりに急なことで、しかも思ってもみなかった事にどうすべきか分かりませんでした。
その後、妻がまた三浦さんにお返しを贈ってから、やっと事は落ち着きました。その後、たまに娘が大きな音を出したりしても、三浦さんが上がってくることはありませんでした。
その年の新年が過ぎたある日、三浦さんは生ビールを持って上がってきて、私と一緒にお酒を飲みたいと言いました。息子さんから生ビールをもらったけど、彼は生ビールが好きではないので私と一緒に飲みたいと、そう付け加えました。何の準備もない私は妻にいくつかのツマミを作らせて、三浦さんと飲みながら世間話をしたのです。
「三浦さんは普段何のお酒がお好きですか?」と私が聞くと、 「焼酎です。」と彼は答えました。 その時、家には日本の焼酎は置いてありませんでしたが、ちょうど中国の高粱酒があったので、彼のおちょこにそれを注ぎました。
意外にも彼はそれを気に入ったようでした。日本人は高粱酒のような度数の高いお酒は好まないと言われているので、彼がそれを好きだということは不思議だなと、私は思いました。
三浦さんの話の中から、彼の過去を知ることができました。彼は南サハリンの生まれで、それまで家族はもう二世代の人がそこに住んでおり、漁師をしていたということです。
彼は最初南サハリンに住んでいましたが、その後カムチャッカ半島に移住したそうです。20歳になるまで一度も日本の国土を踏むことのなかった彼は、日本敗戦後、やっと日本に戻ってきました。
しかし父親の故郷にももう身寄りがないので、彼はずっとアルバイト生活を送っていました。若い時分、彼は自分が50歳まで生きることなど信じていなかったので、年金に加入することもしませんでした。結局年を取り、老後の保障も何もないので、今はお婿さんを手伝って生活しているということです。
彼の話を聞いた私は、なぜ彼がきついお酒が好きなのかが分かりました。なぜ彼が日本人にめったに見られないカラッとした、自由自在な性格を持っているのかを理解したのです。彼の表情の中には、自由自在に育った人間が、この人ごみの島で生きていかねばならないことの物寂しさと無力さが刻まれており、それが私に伝わってきたのです。
夏になると、娘のピアノのレッスンが始まりました。三浦さんは一度だけ自分が夜8時に寝ることを言いに来ました。その後、娘の練習は必ず8時までに終わらせるようにしました。
蒸し暑い夏には、ドアを開けたままで寝てしまう家が多いのですが、ある日深夜1時過ぎ、向かいの家の犬が急に狂ったように吠えはじめました。5分後、三浦さんの怒鳴り声が聞こえてきました。 「お向かいさん、お宅の犬をちゃんとしつけろよ!」と、三浦さんが叫んだのです。
しばらくしても返事がなかったのですが、ドンと突然大きな音がしました。すると、ギ~~と向かいのドアが開けられたようで、犬の吠え声はその家の中に収まっていきました。
また、二、三年が過ぎました。三浦さんはもう70歳になりました。娘さん一家は彼と一緒に暮らすようにしたので、彼はここから引越しする前にお土産を持ってお別れをつげに来ました。彼は、娘さんの家に遊びにくるように誘ってくれました。三浦さんが引っ越してから、下の部屋はずっと空いたままです。
最近、偶然三浦さんの息子さんに会って、彼から三浦さんがまだ娘のことを覚えてくれていることを知りました。そして、三浦さんは娘がもう4歳になったではないかといつも言っていたということですが、三浦さんと始めて会ってからもう7年も過ぎた今、娘はもうすぐ10歳になります。
彼も年呆けでしょうか、あるいはそもそも彼の記憶の中の時間はいつも止まったままなのではないでしょうか。