日本では人を呼ぶときに必ず名字の後ろに「さん」をつけます。ある日、中華料理店で、逞しい男の店長が突然ホールの方に向かって「とうさん!」と呼びかけました。店内でランチを食べている客達は、揃って一斉に店長の向いている方向を覗き込みました。みんなの頭の中には当然「店長のお父さんも店内で働いているのだろうか?」という問いが浮かんだのです。
しかし意外なことに、ホールの奥からは、1人の女の子が、ちょっぴり恥ずかしそうに、「はい」と返事をしたのです。その女の子は中国から来た唐さん(とうさん)でした。あいにく彼女の名字の日本語発音は、日本人が父親を呼ぶとき使う「父さん」という言葉と全く同じなので、よく人の父と勘違いされていたということです。
機械のぽんぽんという音が鳴り響くとある工場で、冗談好きのむっくりした班長さんが、急に「かあ~ちゃ~ん!」と叫びだしました。そこで働いていた中国人のアルバイト達はどっと笑いました。皆もちろん、それが賈さん(かさん)のことだと分かったからです。
日本人が親しい人を呼ぶとき、しかも特に相手が若い女の子のときに、さん付けをしないで「ちゃん」をつけることがあります。また、面白いことに日本人は自分の母親を「かあさん」という風に呼ぶのですが、小さい子供は「かあさん」と呼ぶ代わりに、「かあちゃん」と呼ぶのです。
先程のむっくりした班長さんは、もう六十近くの太ったおじさんなのに、自分の娘ほどの年の賈さんのことを、わざと大げさに「かあちゃん」と呼んだのです。太った班長が工場内であちこち母さんを探していたという笑い話が、工場の語り草になりました。
大学時代、日本語の授業で、私のクラスメートに馬さん(ばさん)という女の子がいました。最初は、皆先生の教えた通りに、彼女を「ばさん」と呼んでいましたが、ある日、いたずら好きの男子生徒達が彼女を「祖母さん」と呼んでしまいました。
日本語では、「ばさん」にしろ、「ばあさん」にしろ、両方とも年寄りの女性しか指しません。困りきった馬さんが自ら、自分の名字の発音を「ま」と変え、しかも皆の前で自分のことを「ま」と呼ぶようにと、そうでないと返事しないよ!と強く宣言しました。
ある大学院の某研究科の研究室で、佐藤さんが本を読んでいたときに、
「佐藤君、これから君と同じ研究室になる中国のねいさんを紹介してあげる。」
という指導教官の声が聞こえました。
「中国のねいさん?!女の子?でもなんで・・・?」
と、びっくりした佐藤さんが目を本から離したとたん、目の前に指導教官と30歳くらいの濃密な頬髯の生える、もう一人の男性の姿が見えました。
「えっ!?」と思った佐藤さんは先生の紹介を聞いた後、やっと先程の「ねいさん」の名字が、漢字の「寧」という文字で、日本語発音になると、「ねいさん」となってしまうことに気づきました。さっきの自分の反応のあほらしさに、つい笑い出してしまった佐藤さんでした。